日本拳法家 心理カウンセラー タテケンのブログ - 2006/05
日本拳法を中心に格闘技について
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2006年05月26日(Fri)▲ページの先頭へ
うつ、鬱、欝 = SE?
うつ、鬱、欝・・・。
「そうか、SEは全員、うつになってしまうのか」 いえ違います・・・。 しかし、私のブログを見ていると・・・。 「SEは全員うつ!」と、考えても無理はないでしょう。 はっきり言っておきます。 SEが全員うつになるわけではありません。 そして、もう一つ。 全てのSEの仕事が激務というわけでもありません! 私がSEをやっていた13年ほど前。 それと現在のSEの仕事ぶり。 比べてみると、はるかに今の方が楽です。(当社比) しかも、サービス残業はありません。 労働基準局が、厳しい目を光らせていますからね。 「○○株式会社、残業代未払い!」 なんて記事が載ったら最悪です。 また、現在は実力主義になっています。 頑張った人をきちんと評価する。 残業代も評価も、やった分が給料やポジションへ反映される 時代です。 フレックスタイムや在宅勤務の会社も増えています。 SEにとって、どんどん働き易い環境になっている訳です。 これは、SE以外のホワイトカラーも同じです。 どんどん働きやすく、力を発揮しやすい職場になっていっているのです。 だけど・・・。 なぜか、現代でも苦しんでいる方がいます。 うつ、鬱、欝・・・。 自殺は、増加傾向らしいじゃないですか! しかも、自殺者の99%がうつだとか! 「クソ忙しい!」という理由で、うつになる訳でも ないのです。 では、なぜうつになるか? 私の経験からお話しすると、どうも真面目な人がなりやすいようです。 もっと具体的にいうと、責任感の強い方。 さらにつけくわえると、押しが弱い方。 お人よしで、ノーと言えない方。 ですね。 真面目で責任感が強く、押しが弱くてノーと言えない方は、マジで 危ないと思っておいてください。 実は私が、そういう奴でした。 自分では真面目ではないと思っていたのですが、友達や彼女から、 「真面目だよね」と良く言われました。 「え?俺が真面目?」 「うん。だって、タバコの吸殻を道路に捨てたりしないでしょ?」 「ああ、そんなの当たり前じゃん」 「それに、他人がそばにいるとタバコ吸わないでしょ?喫煙が できる場所でも」 「それも当たり前のマナーだよ」 「さっきも、ガムの包み紙を道路に捨てなかったでしょ?それに、 店員さんや見知らぬ人にも礼儀正しい」 う〜ん、自慢しているようで申し訳ないですが、本当の話なんで・・・。 当時は若かったですからね。 今は、不良オヤジですよ。 あと、もう一つ言っておきたいことがあるのですが、時間がないので、 また今度。
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2006年05月25日(Thu)▲ページの先頭へ
うつと恨みで、日本晴れ
「うつ、鬱、欝・・・」
「ああ、辛い・・・」 「なぜ、こんなにも辛いのか?」 「なぜ、こんなにもしんどいのか?」 「原因もよく判らないけど、辛い・・・」 お元気でしょうか? タテケンです。 「うつ、鬱、欝・・・」とか、言っておいて お元気ですか?も無いですが・・・。 気が付けば、暗い話ばかりが続きました。 申し訳ない。 今日は、明るい話。私がネガティブなうつ状態から、抜け出した 話をしましょう。 私もSE時代の話は、辛くなってしまいますので・・・。 ああ・・・。そうか・・・。 「辛くなってしまう」とういのは、ちょっと違っています。 正確に言うと、「去年まで辛かった」となります。 私はSE時代に、強烈な人間不信に陥りました。 このブログでも、後日書くかも知れませんが・・・。 人の心の闇の部分を、目の当たりにしてしまいました。 SE時代の私は、20代でした。 若かったのでしょう。人をすぐ信用してしまいました。 性善説の信望者でした。 しかし、人の心の闇の部分を見て、自分でも体験すると考えは 変わりました。 相手をよくみて、信用できるか、できないかを判断するように なりました。 SE時代の先輩に、一見すると人当たりのいい、とてもいい人が いました。 説明上、H氏としておきましょう。 そのH氏が、平気で嘘をつく人だったのです。 それも、自分より弱い人と陥れるような嘘をつきます。 簡単にいえば、自分が出世するために、部下や後輩を利用する 人でした。 私はねぇ。 それを、何度も目撃し体験しちゃった訳です。 後輩の仕事を、さも自分がやったように部長へ報告するのは 朝飯前です。 会議の席では、後輩に教えてもらった知識やアイデアを、 さも自分の考えのように言っていました。 後輩に教えてもらったことを、そのまま言ったもんだから、 有識者の先輩から失笑を買ったこともありました。 後輩が、H氏へ間違ったことを教えちゃった訳です。 と、いいますか、その後輩とは私でした。 面白いから、わざと間違ったこと教えたんです。 そのとき、H氏はなんて言ったと思います? 「ほら、俺が言ったじゃないか。タテケンくん」 とか、言ってんですよ。 笑えるでしょ。 ごまかすのも、最高にお上手な方でした。 他にも、H氏は保険屋のおばんちゃんをいじめていたことも ありました。 良からぬ理由で、保険屋のおばちゃんに、ネチネチと文句を 言いつづけました。 私はH氏と一緒に仕事をするようになって、一つ損をして しまいます。 それは、映画やドラマなどに出てくる嫌な奴キャラクターを見ても、 楽しめなくなってしまったことです。 「なんだこの程度?Hさんに比べたら大したことないな」 と、思ってしまうのです。 なぜなら、映画やドラマのキャラなら、見た目も嫌な奴が 多いでしょ?こいつなら、嫌な奴なのはしょうがないと 思うわけです。 ところが、H氏の場合、見た目は本当に良い人そうに見えます。 それが人として許せない一線をやすやすと、越えてしまうことを しでかすのです。 まったく顔色ひとつ変えずに、ナチュラルに躊躇なしにウソをつくH氏。 私の常識を越えた存在でした。 ある意味、怖かったですね。 私自身も、H氏の被害を何度も受けました。 しかしまあ、とても姑息な手段なので、嘘がばればれでして・・・。 最後のほうは、「ほうらやっぱり」「またか」という感じでした。 ただ一番困ったのは、お客様に迷惑をかけることを、仕掛けられた ときです。 それは、平成2年11月28日の会議でおきました。 残念ながら、あまり、細かいことは言えないですが・・・。 SE時代の古いシステム手帳を引っ張り出したら、色々とメモや 議事録が出てきまして、色々と思い出しました。 あま、これから、できる範囲でお話しましょう。 結論を言えば、11月28日の会議では、私が一肌脱ぎました。 お客様へは、絶対に迷惑をかけたくなかったからです。 あとで、機会があったらお話しますが、うつ状態に あった私が、最後の一線を越えなかったのは、お客様がいたからです。 そのお客様にだけは、絶対に迷惑をかけるわけにはいきませんでした。 私は一肌脱ぎ、8人月のSE作業を、私が2ヶ月でやったのです。 それも一人でした。誰も手伝ってくれません。 しかも、他のプロジェクのリーダーをやりながらでした。 徹夜と休日出勤、サービス残業の二ヶ月でした。 だから、H氏を憎んでいました。 恨みも残りましたよ。 H氏のことを思い出すたびに、胃のあたりがずっしりと重くなり、 むかむかと怒りがこみ上げてきました。 平成2年〜平成17年まで15年間。恨み続けました。 社内に訃報が回ってくるのですが、H氏の名前が載っていないかと 楽しみにしたものです。 「Hさんの葬式に出て、家族が悲しんでいる姿を見たら、さぞかし 気分がいいだろうな」 そう考える、自分の心が怖かったです。 「人間の恨みとは、それほどまでに心に深く残るのか・・・」 「恨んでも、何にも変わらないのに」 「恨むぐらいなら、もっと幸せになって、Hのヤロウを見返してやれ!」 私もそんなことは、百も承知です。 しかし、人の心は理論では割り切れないことばかりです。 「H氏に恨みをもっても何もならない。明日に向かって進もう」 と、簡単に割り切れられないのです。 私も、いい歳です。 心理カウンセリングの勉強もして、今は心理カウンセラーの資格も もっています。 ですから、知人や後輩から相談を受けることも多々ありますし、 クライアントから相談を受けることももちろんあります。 相談者に対しては、 「恨んでもしょうがないです。あなたが今できることを、一つ一つ やりましょうね」 とか言ってるんです。 だけど、私の心の中はH氏の恨みで、いっぱいでした。 H氏を思い出すたびに、ムカムカと怒りがこみ上げてきました。 怒りがこみあげて、夜も眠れない日もあったぐらいです。 しかし、去年のあることがきっかけで、私の心がすっきりと 晴れたのです。 「あれ?なんで俺は、あんなに悩んでいたんだろう」 「もう、いいじゃん」 そう、許せるようになったのです。 むしろ、 「H氏のことがあったから、俺は今、心理カウンセラーに なったんじゃないのか?」 と、考えるようになりました。 冷静になって振り返ると、H氏を憎むことによって、私は自殺しなくて 済んだとも考えられます。 ちょっと長くなったので、つづきは次回にします。 ただ、一つだけ言っておきたいことがあります。 もしかしたらあなたは、 「うつ、鬱、欝・・・」 「ああ、辛い・・・」 「なぜ、こんなにも辛いのか?」 「なぜ、こんなにもしんどいのか?」 「原因もよく判らないけど、辛い・・・」 こんな状態かも知れません。 だけど、決してあきらめてほしくないのです。 私は、昨日お話したとおり、過労死しそうになりました。それから、今度はうつ状態になります。 そして、立ち直り、H氏を憎むようになります。 立ち直ったあとは、日本拳法をやったり、PTAの役員をやったりと、 人間らしい生活を取り戻します。 それから、心理学に興味を持ち、勉強し始めました。 気がつけば、知人や友人、後輩がうつや職場の人間関係で、 悩んでいました。 だから、私は心理カウンセラーになろうと思ったのです。 「四十にして立つ」といいます。 私は43歳で、やっとやりたい事を見つけたのです。 目の前の霧が晴れるように、自分の人生の意味、目標、 夢が見えてきたのです。 「うつ、鬱、欝・・・。ああ、辛い!」 私もそう思っていました。 だけど、私も43歳でやっと自分の道を見つけました。 ケンタッキーフライドチキンの創始者、カーネル・サンダース氏が フランチャイズビジネスをはじめたのは、65歳からです。 絶対に大丈夫。 今、あなたがやりたいこと。 あなた出来ること。 それを、一つづつ、あなたがやりたいようにやれば良いのです。 どんなに辛くても大丈夫。 何もやりたくなければ、何もやらなくても良いです。 誰だって、そんなときはある。 あなたは一人ではありません。 応援してくれる人が、必ずそばにいるのです。 「今のあなたが最高!」 そう言ってくれる人が、あなたのそばにいるのです。
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2006年05月24日(Wed)▲ページの先頭へ
たった今、俺が死んでもおかしくない
うつ状態になる前に、大きな試練を私は経験した。
うつ、鬱、鬱・・・、確かに辛く、しんどい次期だった。 しかし、うつ、鬱、鬱・・・ そんな状態よりも、その前の試練のほうが、今思えば辛かったかもしれない。 親や女房、そして女房の両親に心配をかけた。 死にそうになった。 一生涯、女房や女房の両親に、すまないという気持ちを持たなくては ならなくなった。 私はSEになる前までは、趣味でバドミントンをやっていた。 大した選手ではなかったが、実業団リーグにも参戦したことが ある。 体力は普通の人よりもあった。 子供のころから、病気らしい病気にもなったことがない。 しかし、5年間のSE生活が私の体を廃人にしていった。 それは当然やってきた。 結婚して三ヶ月ほどが経過した、ある日の夜だった。 夜寝ようとして布団にはいる。 仰向けになると、何かがノドに引っかかった。 うとうとと寝つけようとすると、ノドが苦しくなってくる。 空気が薄くなって、呼吸困難になっていくような感じだった。 そして、セキが出始める。 ゴホッ ゴホッ ゴホッ ゴホッ ゴホッ ゴホッ 体を横向きにしてもダメだった。 うつ伏せになっても同じ。 タンがからみ、セキが止まらない。息苦しい。 息苦しさは、どんどん酷くなる。 深呼吸をしようとして、息を吸い込むと、ノドに息がひっかかる。 ゴホッ ゴホッ ぜぃ ぜぃ 息を吸うたびに、ノドがこぉーこぉー、ぜぃぜぃと鳴る。 とてもでは無いが、寝ていられない。 布団から起きだして、立ち上がると少し楽になった。 洗面所へ行って、うがいをする。 うがいをしても、ノドの調子が良くなるわけでは決してない。 しかし、うがいをせずにはいられなかった。 椅子に座ると楽になった。 これが、毎晩続いた。 最初のころは、カゼだと思っていた。 椅子に座ったまま、テレビをぼ〜っと見ていた。 眠いし、毎日の激務で疲れている。だから椅子だと辛い。 和室で座椅子に、座ってぐったりと、ただ、ぼ〜とテレビを見続けた。 午前2時になり、午前3時になる。 「明日も仕事だから、早く寝なくては・・・」 座椅子に座ったまま、うとうとと、寝付けそうになる。 しかし、ぜぃぜぃとノドの音が耳に響き、ごほごほとセキが出て 目が覚める。 午前4時・・・ 午前5時・・・ やっと寝れそうになって、布団にもぐり込む。 しかし、朝はすぐにやってきた。 こんな事が、気がつけば一ヶ月以上続いた。 体力の限界に近づいてきた私は、医者へ行きたいと上司へ相談した。 「夜になるとセキが出て眠れないんです。医者へ行っても良いですか?」 「そんなの仕事への集中力が足りないから、夜眠れないんだ。「俺なんか、 布団に入ったらバタンキューだぞ」 「眠いのは、眠いです。ここの所ろくに寝てないから、朝から晩まで、 強烈に眠いんです。だけど、夜になるとセキが出て眠れないんです。 病気じゃないでしょうか?」 「大丈夫、大丈夫。人間なんて簡単に死にはしないよ」 「一度医者の診察を受けたいんですけど・・・」 「いらん、いらん。お前がそんなに繊細な訳がないだろ。医者なんて 行かなくていい。お前は俺のいうとおり仕事してればいいんだ」 当時、過労死が騒がれはじめていた。確か、過労死が始めて 労災認定されたころだと思う。 しかし、私の身近な例では、過労死認定をされたことがなかった。 「仕事で死ぬわけがない」と、上司に言われて、引き下がるしか なかった。 しかし、私の背中を女房が押してくれた。 「ここのところず〜っと、夜セキが出てるじゃない。どう考えても おかしいよ。私のためにも医者へ行って」 運が良いことに有給休暇が沢山あまっていた。 労働組合との兼ね合いで、有給休暇だけは全て消化することになって いた。 有給休暇を消化しますといった私に、先輩はこういった。 「仕事を終わらせてから休め」 私はサービス残業、サービス徹夜で働き、仕事をひと段落させた。 そして、やっと病院で診察を受けることができた。 「あ、喘息ですね」 医者の口から飛び出した意外な言葉に、私はすぐに聞き返していた。 「え?喘息?」 「ええ、喘息です」 「喘息って、あのセキが出る喘息ですか?」 「ええ、そうです」 「でも、僕は子供の頃から、喘息のぜの字もありませんでしたよ」 「最近多いんですよ。大人の喘息が・・・。残念ですが喘息は 一生治りません」 「・・・」 「でも大丈夫。今はいい薬がありますから・・・。それにしてもあなたは 運がいいですね。危なく過労死するところでしたよ」 「え?」 「子供の頃から喘息のぜの字がない方が、大人になってある日突然 喘息が発病する。喘息の発作の経験が無いから、発作とは気がつかない。 そのまま窒息死してしまうのです」 「喘息の発作って、そうなんですか?」 「喘息を甘く見ないでください。喘息の発作は、気管が締まっていくのです。 だから、呼吸困難になる。最近、多い過労死のパターンですね。喘息の 発作で死んだ人の顔は、『これ以上の苦しい死に方は無い』っていう 顔して死んでますよ」 「私は、過労死しそうだったんですか?」 「ええそうです。それに今でも、いつ過労死してもおかしくない状況です。 喘息の発作が出たときのために、常に吸引薬を携帯してください。 薬も出しますから、ちゃんと飲んでください」 「そうですか・・・」 「今はどんなお仕事をなさっていますか?」 私は、自分の仕事について医師に説明した。 「それじゃあ、過労死しちゃいますよー。 仕事が忙しく、職場の人間関係が悪い。そういったストレスと慢性疲労が 原因で、喘息が発病するのです。 だけど、あなたの仕事は酷すぎますね。 喘息以外の病気にも、充分気をつけてください。 上手く休んで、ストレスと疲労をためないようにしないと・・・。 お仕事ですから、なかなか難しいとはおもいますけどね」 過労死しなかったのを運が良いと思うべきなのか? それとも、今まで一つの病気らしい病気すらなかったのに、 一生付き合う持病、いつ死んでもおかしんくない病気を 持ったことを悔やむべきなのか? なによりも、女房の両親に申し訳なかった。 結婚して一年も経過していない。 病気持ちのハンバな男に、大事な娘を嫁がせてしまった。 お父さん。お母さん。本当にごめんなさい。 女房にも、本当にすまないと思い続けている。 この日依頼、私は喘息の吸引薬を常に携帯するようになった。 もちろん、今でも持っている。 一度、旅行に薬を持っていくのを忘れて、死にそうになった。 うつ、鬱、欝・・・あの状態も、辛かった。 しかし、生死の判断は、私の手にゆだねられていた。 喘息の発作は、いつおこるか判らない。 私はたった今、死ぬかもしれないのだ。 だから、当時はとても怖かった。 上司や先輩を恨んだ。 しかし、心理学を学んだ今は、もう大丈夫だ。 長い時間がかかったが、充実した人生を過ごしている。
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2006年05月23日(Tue)▲ページの先頭へ
俺は死ぬかもしれない
これからお話しすることは嘘ではない。
作り話でもない。 全て真実だ。 おそらく、あなたは信用できないだろう。 常識では、考えられないことだからだ。 しかし、あなたがビジネスマンやOLだったら、 信じていただけるかも知れない。 もしもあなたが、SEだったら、きっと信用して くれるだろう。 今でも、日本のどこかの会社では、私が経験した ことが、大手をふって行われているかもしれない。 今から、18年ほど前のはなしだ。 当時の私は、結婚したばかりだった。 幸せなはずの新婚生活。 それが・・・ ゴホッ ゴホッ ゴホッ ゴホッ ゴホッ 夜になると私は、原因不明のセキに悩まされていた。 カゼをひいたときは、あきらかに違う音がするセキ。 体感覚も違っていた。 タンがからむ。 いくらセキをしてタンを吐き出しても、ノドの壁に タンがからみつくのだ。 「大丈夫?」 「大丈夫だよ」 心配する女房に、そう答えるしかなかった。 当時の私は25歳。 SEになってから4年ほどが経過していた。 21歳でSEになった。 コンピュータの仕事をすることは、子供のころから 夢だった。 若かった私は、仕事に情熱を傾けた。 目の前に仕事に、全力で取り組んだ。 全日本をカバーする巨大システムを、カットオーバーさせる喜び。 「俺がこのコンピュータシステムを作ったんだ!」 仕事へのやりがいも感じていた。 結婚して、会社からあてがわれた社宅は 職場から遠く離れていた。 通勤時間は、片道1時間50分。 毎日、午後11時過ぎに帰宅。 徹夜で働くことも当たり前。 休日出勤も当たり前だった。 残業代は、毎月30時時間までしか出なかった。 ほとんどがサービス残業。タダ働きだった。 私は、仕事が面白かった。タダ働きも苦にならなかった。 いつか、会社が認めてくれる。 実績が認められ、報われる日がくると思っていた。 しかし、私の心と体は悲鳴を上げていたのだ。 気が付いたときには、手遅れだった。 あの日から私は、死を意識するようになった。 うつの心配をする前に・・・、 「俺は死ぬかもしれない」 そう思いながら、仕事をしなければならなくなった。 <つづく>
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2006年05月19日(Fri)▲ページの先頭へ
うつ、鬱、欝 一人で悩まないで
あなたは今、悩みがありますか?
気が沈んだり、しませんか? 朝、会社にいきたくないとかないですか? ここ数年。私の周りでうつが原因で、不幸なことがおきています。 本来は、詳しいお話をしたほうが良いかも知れません。 だけど、あまり詳しく書きたくありません。 ここで書いてよいのかどうか、まだ判断つきかねるからです。 残された方の気持ちを考えると、お話してよいのか判断できません。 このブログでは、私自身の経験をお話します。 うつ、鬱、欝の方に、少しでも手助けができればと思い、このブログを 書くことにしました。 ご存知のように、現在の私は、日本拳法を修行しています。 著書も執筆中です。 とても人生が充実しています。 だけど、私も昔、うつでした。 正確にはうつではなかったのかも知れません。 今から、20年近く前の話です。 うつ、鬱、欝、うつ病、鬱病、欝病という言葉は、一般的では ありませんでした。 うつ病という言葉は、私も知っていました。 しかし、どういう状況がうつ病なのかは判りません。 当時は、心理カウンセリングを受けることも、一般的ではありません。 心理カウンセラーも、今ほどいませんでした。 ましてや、精神科で診察を受けるなんて、かなり壁が高いご時勢でした。 私自身も、その当時、自分自身がおかしいなと思いました。 体が毎日、鉛のように重い。 会社へ行こうとすると、涙が止まらなくなるのです。 些細なことで女房を怒鳴りつけました。その後に、自分自身が 不思議でなりませんでした。 「なぜあんなにも、俺は激高してしまうんだろ?まるで、異常者じゃ ないか・・・」 しかし、精神科で診察を受けようと思いませんでした。 自分自身が異常者だとは思いたくなかったのです。 何よりも、私が精神科で診察受けたと近所に知れたら、どうなってしまうのか? 「あそこの旦那さんは、キ○ガイだよ」 近所からそんな風に言われたら、女房や子供にどんな迷惑を かけることになるのか・・・。 当時、社宅に住んでいました。どんなウワサが流れるか判りません。 そう思うと、精神科の診察は受けられませんし、考えもしませんでした。 私は、自分の心の変化に気が付きませんでした。 心の変化は、体に現われました。 朝起きると、鉛のように体が重いのです。 一日中、体が重い。 今、私は、43歳です。 当時は、25歳ぐらいでした。 男性の25歳といえば、最も体力があり、精神面でも充実しはじめた ころでしょう。 人生の中で、心身ともに燃え上がりパワフルな時代です。 それが、毎日体が鉛のように重いのです。 43歳の今の私と、25歳当時の私。どちらが体力があるかといえば、 今のほうが圧倒的にあるでしょう。 人生はどちらが楽しいかといえば、今は天国です。 SE時代は肥溜めの中です。 それぐらい違いがあります。 そう。 まさに肥溜め時代でした。 私がうつになった原因は、仕事でした。 当時の私は、システムエンジニア、SEをやっていました。 あの当時のことを思い出すと、こんなイメージです。 「肥溜めの中に漬け込まれ、誰かに頭を押さえつけられる。 そして、クソとションベンが目、鼻、口、耳に入り込んでくる」 人生の中で、最低最悪の時代。 それが、あのSE肥溜め時代です。 私は、SEの上司や先輩から、こってりといじめられました。 当時は、部下、後輩には人権はありませんでした。 「お前はバカだな」 「使えないね」 「やる気がないなら辞めろ」 「お前よりも、○○のほうが使える」 「わからない奴は、黙ってろよ」 「センスが無いな」 毎日、こう罵倒されました。 そして、サービス残業です。 毎月30時間までは、残業代が出ました。 それを超えると、残業代は出ません。 仕事は原爆のように忙しい。 休日出勤が当たり前でした。 もちろん、休日出勤はサービスです。ただ働き。 上司に、「サービス残業はまずいんじゃないですか?」と言ったら、 「じゃあ、お前は一人前の仕事をしているのか?」と言われました。 そして、徹夜作業も当たり前です。 徹夜して朝、自宅へ帰ろうとすると、こう言われます。 「随分と余裕があるな」 「徹夜するなんて、作業効率が悪いんだよ」 「使えねーな」 余裕とか作業効率うんぬん言われても、徹夜作業もサービスです。 タダ働きです。 「はあ〜。俺は何のためにこの仕事をしているんだろう」 ため息ばかりの毎日でした。 このような職場ですから、どんどん社員が辞めていきました。 離職率は異常に高く、9割を超えていました。 「9割とは大げさな!」 あなたは今、そう思ったでしょう。 そうなんです。これにはウラがあります。 それについては、今後、折を見てお話していきます。 これを読んでいるあなたに、ぜひとも気が付いて欲しいことがあります。 うつ、鬱、欝は治る。 そして、人間はいくつになっても幸せになれる。 人生の夢や目標を見つけることができる。 私はSE時代に、上司から目標を完全否定されました。 「ガハハハ。お前に出来るわけが無い」 あのS課長のだみ声は、一生忘れることができません。 だけど、今は夢をもち、目標に向かって、毎日進んでいる充実感があります。 生きている手ごたえを感じています。 大丈夫。 悩みは消えます。 現代は、うつに対する社会の認識も昔とは違います。 良い薬もありますし、医者のレベルも上がっています。 おかしな民間療法に引っかからないで、医者の言う事をよく聞き、 毎日、自分のペースで暮らしていれば、必ず治るのです。 このブログでは、私の経験をお話します。 そして、うつから立ち直った、私の知人のお話も、 話せる範囲でお話します。 あなたのお役に、少しでも立てれば幸いです。
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2006年05月01日(Mon)▲ページの先頭へ
さあ!三段受験!
今月某日、いよいよ三段へ挑戦します。
先生や師範からも、許可をいただきました。 正直な気持ちは、まだちょっと早いかなとも思います。 しかし、他の道場の方を見ると、皆さん積極的に昇段を なさっています。そろそろ私も昇段しなきゃいかねいかなと、 思いました。 33歳から初めて、今年で11年。 私の誕生日は11月13日 1と3が揃ってよい機会です。 お!そういえば、今年で私は44歳。 なんか、ぞろ目がそろって良いじゃないですか! これはもう、「三段合格しなさい!」と天が言っているようなものです。 33歳で日拳を始めて、44歳で三段を取る。 偶然ではなく、必然ですね。 受験が決まってから、水煙の形を覚えました。 そして防具稽古のほうも、良い感じでやっています。 昨日はT大の学生に、相手をしていただきました。 さすがは現役だけあって、エネルギーあります。 柔道出身で組討も強い。 投げられて、一本取られてしまいました。 おかげさまで、良い気づきがありました。 昨日、組み付かれて投げられなかったら、昇段審査で 同じようにやられたら投げられてしまったでしょうね。 それに、長年の疑問が一つ解けました。 私はどちらかといえば、打撃系です。 組討は強くなく、負けるときは投げられることが多いのです。 しかし、相手が組討が強くても、投げられないこともある。 あいつには投げられて、あいつには投げられない。 なぜ? 調子が良い。悪い。 先にパンチが当たった。 そういった事だと考えていたのですが、違っていました。 これを試すために、何回か同じパターンをやってみたら、 やっぱり組み付かれる。 そうか! そうだったのか! 日本拳法宗家の澤山先生が日本拳法を作った当初は、 「乱の拳法」でした。 乱。つまりカオス。 混乱の中だからこそ、発見がある。 これだから、日本拳法はやめられません。 そして、昨日の練習ではさらにもう一つの気づきがありました。 腕の怪我が治り、復帰したTくんとの乱捕り稽古で、 一つの発見をしました。 そうだよな。そうすれば良いんだよな。 この2つの気づきが無かったら、三段に合格できなかった かも知れません。 今日から、さっそく自主トレ、イメージトレ開始です。 昨日の練習で得た2つの発見。 知りたいですか? 昇段審査が終わったら、全てお話しましょう。 ただし、文章で表すのは難しいので、黒綾館の皆さんだけに、 飲み会でお話します。 日本拳法は、いくつになっても面白い。 やめられません! 現在、右足の親指がズキズキ痛いんですが、辞められません。
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