俺は死ぬかもしれない

うつ、鬱、欝で悩むあなたへ。日拳で楽しく生きている私も、昔は死を意識して働いていました。

2006年05月23日(Tue)
俺は死ぬかもしれない
これからお話しすることは嘘ではない。
作り話でもない。
全て真実だ。

おそらく、あなたは信用できないだろう。
常識では、考えられないことだからだ。
しかし、あなたがビジネスマンやOLだったら、
信じていただけるかも知れない。

もしもあなたが、SEだったら、きっと信用して
くれるだろう。

今でも、日本のどこかの会社では、私が経験した
ことが、大手をふって行われているかもしれない。

今から、18年ほど前のはなしだ。
当時の私は、結婚したばかりだった。

幸せなはずの新婚生活。
それが・・・

ゴホッ
ゴホッ
ゴホッ
ゴホッ
ゴホッ

夜になると私は、原因不明のセキに悩まされていた。

カゼをひいたときは、あきらかに違う音がするセキ。
体感覚も違っていた。
タンがからむ。
いくらセキをしてタンを吐き出しても、ノドの壁に
タンがからみつくのだ。

「大丈夫?」

「大丈夫だよ」

心配する女房に、そう答えるしかなかった。

当時の私は25歳。
SEになってから4年ほどが経過していた。
21歳でSEになった。
コンピュータの仕事をすることは、子供のころから
夢だった。
若かった私は、仕事に情熱を傾けた。

目の前に仕事に、全力で取り組んだ。
全日本をカバーする巨大システムを、カットオーバーさせる喜び。

「俺がこのコンピュータシステムを作ったんだ!」

仕事へのやりがいも感じていた。

結婚して、会社からあてがわれた社宅は
職場から遠く離れていた。

通勤時間は、片道1時間50分。

毎日、午後11時過ぎに帰宅。
徹夜で働くことも当たり前。
休日出勤も当たり前だった。

残業代は、毎月30時時間までしか出なかった。
ほとんどがサービス残業。タダ働きだった。
私は、仕事が面白かった。タダ働きも苦にならなかった。

いつか、会社が認めてくれる。
実績が認められ、報われる日がくると思っていた。

しかし、私の心と体は悲鳴を上げていたのだ。

気が付いたときには、手遅れだった。
あの日から私は、死を意識するようになった。
うつの心配をする前に・・・、

「俺は死ぬかもしれない」

そう思いながら、仕事をしなければならなくなった。



<つづく>








   




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私は現在45歳です。79kgありましたが、63kgへダイエットして日本拳法をはじめました。

通勤時間3時間40分の多忙なサラリーマンですが、自分のペースで日本拳法を続けていきます。

今年は、三段を取ります。

カレンダ
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